ほっかブログ

2011年04月の記事

ミデコの入り口のギャラリー化計画

ミデコの一階をギャラリーにする計画が持ち上がっていた。

そしてある程度までは進んでいた、のだが、いつのまにか中途半端に終わってしまっていたのだった。

そこで、再度ギャラリー化を推進すべくプロジェクトを再開したいと思います。下は現状のギャラリー状況。

図面 +大きい画像で見る

すっきりとしてはいるが何かギャラリーと呼ぶには寂しい。この空間をよりギャラリーらしくするためにスポットライトを付けてみてはという提案もあった。フォトショップでスポットライトを付けた際のシミュレーションをしてみた。

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こんなような雰囲気になると良い。コーヒーでも飲めそうなゆったりとした空間に。今後の展開にイメージが膨らむ今日この頃である。

社長の「ためにならないようでためになる言葉」その2

がんばれ、と言わない

とかくよく使われる言葉であるが、ある時この言葉を使うことの弊害に気付いた。少年野球の試合や練習でよく頻繁に使うことが多い。(多かった。)「がんばって練習してうまくなれ」「がんばって素振りして打てるようになろう」等々。指導する立場でもどうやったら上手に打てるのだろうかとはいつも考えながら教えているが、最終的には「がんばって○○しよう」などと言ってしまうのだ。ということは、指導の立場である私が、実は的確な指導ができていなかったことである。

話を変えて、ある社長本で「一生懸命やらなくても仕事さえやってくれればいい」のフレーズに目が止まった。はっと思った。そうなのだ。お客様は「一生懸命、がんばってやること」にお金を払うのではないのだ。成果物に対してその対価を払うのだ。

少年野球のがんばれとビジネスの一生懸命がんばるが、ここで合致したのである。何事も具体的に、計画的に動くことが結果に繋がるのだと。

よって、それからはこの曖昧な表現、もっと言うならばごまかし言葉を使わず、具体的な言葉を使うよう心がけているのである。不思議なもので、使わないと決めると頭がよく回転することに気付いた。話しながら具体的に考えようとするのである。まだまだ修行の途であることは間違いないが。

ちなみにエールを送るという意味で「がんばれ」を使うことは自分の中では許されているのである。

M.J (President of Mideco)

社長の「ためにならないようでためになる言葉」その1

使われる箒(ほうき)になれ


 自分が高校2年生の時レストランでアルバイトをしていたチーフ(料理長のことだが、社内ではチーフと呼ばれていた)に授かった言葉である。お客様もいなくなった厨房で雑談しているときに「これから社会にでて働くことになるけど“使われる箒になれよ”人から声を掛けられる、人から頼まれることが多い人間になれよと。」何でその言葉を掛けてくれたのかは不明だ。当時の自分が使えない人間だったのかともとれるが、その前に怒鳴られていただろう。だからいい意味でエールと捉えている。
逆に使われない箒とはどんなことだろうと当時考えてみたことがある。単純に“使えない”人間であろう。期待できない、信頼できない人間であろう。と思ったものだ。

30年経った今もこの言葉は大切にしている。お客様から期待される会社。期待される人間になりたいといつも思っている。 

M.J (President of Mideco)